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2010.08.16 Mon
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現代社会最高の哲人と言われているドラッカー教授
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尊敬をしているキング牧師は多くの人に影響を与えてきました。
私自身もこのブログを通じてより多くの人の経営や人生の
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2009.11.07 Sat
経済至上主義は人を幸せにするか。幸せにしないとするならば、何が人を
幸せにするのかとのドラッカーの問題意識は、ドラッカー自身の中に生き続けた。
彼は一時、行き過ぎる前の日本の会社主義に「脱」経済至上主義の一つの形を見出した。
【出典】
上田惇生/『ドラッカー入門 万人のための帝王学』
ダイヤモンド社/2006年/P.18
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人と人のつながりがそこにはあった。
アメリカ式の資本主義が日本を席巻すまでは、
日本にはたしかにあった。絆をベースにする組織が。
ある意味このモデルが世界の先駆けとなる。
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2009.11.06 Fri
ブルジョア資本主義とマルクス社会主義は、互いに激しく戦いつつも、
実は共に経済中心のイズム、経済至上主義だったということである。
【出典】
上田惇生/『ドラッカー入門 万人のための帝王学』
ダイヤモンド社/2006年/P.11
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経済至上主義は経済が中心となる。
ドラッカーは初期三部作において、当時はヒトラーなどが台頭した
戦時下における全体主義について記述している。
脱 経済至上主義は国家社会主義的なつまり、全体主義であった。
重要なのは、戦時下の異常な状態ではなく、
経済至上主義の否定である。
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2009.11.05 Thu
社会が社会として成立するには、一人ひとりの人に、
この位置づけと役割という二つのものが与えられる必要がある。
【出典】
上田惇生/『ドラッカー入門 万人のための帝王学』
ダイヤモンド社/2006年/P.9
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社会の中に人がいる。
人は集まるだけの烏合の衆のような存在ではない。
各自が役割を持ち、社会を機能させる。
社会は役割をもった人によって機能する。
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2009.11.04 Wed
社会的な存在としての人に焦点を合わせる。
しかし、社会的な存在としての人が幸せであるためには、
何をおいても、社会として機能する社会が存在しなければならない。
【出典】
上田惇生/『ドラッカー入門 万人のための帝王学』
ダイヤモンド社/2006年/P.9
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人が幸せになるための社会は混乱の中には見いだせない。
秩序ある社会が前提である。
戦乱中の社会を前提とはしていない。
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2009.11.03 Tue
人はどんなに偉くなろうと、金を残そうと、楽しく暮らそうと、
死ぬときは独りの存在である。そういう個としての人がいる。
同時に、社会的な絆を必要とし、社会に貢献することによって
人生の意味を見出す社会的な存在としての人がいる。
【出典】
上田惇生/『ドラッカー入門 万人のための帝王学』
ダイヤモンド社/2006年/P.8
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ドラッカーの関心の中心には人がいる。
人を通じて社会をみる。
経済学者の言う人はホモエコノミクスという存在でしかない。
ドラッカーにとっての人は生身の人である。
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2009.11.02 Mon
社会生態学は、部分の因果でなく、総体としての形態を扱う。
全体を見る。全体は部分の集合よりも大きいとは限らない。
しかし部分の集合ではない。それは命あるものである。
【出典】
上田惇生/『ドラッカー入門 万人のための帝王学』
ダイヤモンド社/2006年/P.xiv
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総体つまり全体をみる。
部分最適化の果ては、全体最適にはならない。
デカルトの分析的なアプローチとは異なる。
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2009.11.01 Sun
社会生態学者だからこそ、生きた存在としての組織、
社会的機能としてのマネジメントが見える。経済もよく見える。
【出典】
上田惇生/『ドラッカー入門 万人のための帝王学』
ダイヤモンド社/2006年/P.xiii
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ドラッカーの基本には見るという行為がある。
生物を見るように全体から事物を見、把握する。
あるべき論を語るのではなく、あるかままを語る。
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